ミセルチカラの磨き方
「フィードバックを活かさない」のは裸の王様への第一歩
心意気を形にするコトノハ職人、岩井洋美です。
ようやく梅雨入りしたと思ったら、連日の30度越え!
梅雨入りが遅いから梅雨明けも遅いということにはならないそうですが、そのうち梅雨も無くなって、集中豪雨ばかりになったら怖い…なんてことを思ってしまいます。
またまたフィードバックの話をしようと思います。
私自身、フィードバックはとても大事なものと捉えていますし、以前「フィードバックはダメ出しすることではない」と書いたこともあります。
フィードバックをする側は欠点や過失の指摘をすることだけではないし、フィードバックを受ける側はそれを自分なりに活かすわけなので、双方向に作用しあうものだと思います。だからこそ意味があるし、効果もあるわけです。
しかし、「フィードバックを必要としない」という人もいるのだということを改めて感じるようになりました。
フィードバックの本質は自分にはない視点での考え方や捉え方ですから、フィードバックには意外な発見もあれば、見えなかった気づきもあるはずです。そして、そこからまた別の変化や発展も可能になるわけです。
ただ、「自分のやり方や考え方こそが正解」ということの前には、それがどんなフィードバックであっても意味のないものになってしまいます。
以前、立教大学の中原先生が一般論として、「年を重ねれば、フィードバックから疎くなる」と書かれていました。
「人の成長は、個に完結できない」というのが先生の研究のコアだそうで、「どれだけ年や年齢を重ねても、年を重ねるからこそ、他者からのフィードバックは不可欠」というのが持論とも。
確かに…組織の中で年齢や役職が上になると、的確なフィードバックをもらえることってなかなかありません。
ましてや組織を離れたり社会とのつながりが薄くなったりすれば、よほど意識をして機会を作らなければないんです。
年齢を重ねた人であっても、若い人であっても、自分の置かれた現状や解決したい課題に対して、意見やアドバイスを他者に求めることはあります。
しかし、自分の話をするだけで満足する人もいれば、自分の考えを承認してもらうだけで事足りる人もいます。結局のところ何も変えたくない人もいます。
自分に確信を持っているか、聞く耳を持っていないか、いずれにしてもフィードバックを受け取った後に「フィードバックを活かさない」のはもったいないことだなぁと思ってしまいます。
前出の中原先生によれば、こういう状態は非常に危険であるし、「裸の王様」への第一歩だそうです。そうなってしまったら、「言いにくい状況」にもなりますし、そのうち「誰からもフィードバックを受けない」ということにもなります。
その人にとっての当たり前を別の視点から考えたり捉えたりすることが私の大きな仕事ですから、伝えることには責任も愛情もこめています。
仕事柄、圧倒的に「フィードバックをもらう」方が少ないかもしれませんが、誰かから直接フィードバックとして受け取るものだけではなく、まったく知らない人の言動を自分へのフィードバックに変換することもあります。
自分の信念を貫くことと、自分の当たり前で凝り固まることは別。
年齢や経験を重ねたからこそ「フィードバックを素直に受け取れる」ということを心がけたいものです…自戒を込めて。
では、今日も1日お元気で。
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